台湾総督と画家が描いた風景画!『東台湾臨海道路』は一体どんな作品?85年ぶりの再会とは!?
台湾総督が持ち帰った陳澄波の幻の絵画が、85年ぶりに日本で見つかった!台湾と日本の絆を繋ぐ、感動のストーリー。
💡 台湾総督 上山満之進が、台湾を去る際に画家陳澄波に依頼した作品「東台湾臨海道路」について
💡 85年ぶりに発見された「東台湾臨海道路」の発見秘話
💡 陳澄波の家族や研究者たちが、再発見された絵画に寄せる思い
それでは、第一章、台湾総督 上山満之進と陳澄波の出会いについてお話していきます。
台湾総督 上山満之進と陳澄波の出会い
陳澄波の「東台湾臨海道路」はどこに保管されていた?
防府市図書館地下室
では、詳しく見ていきましょう。

✅ 台湾の近代美術を代表する洋画家、陳澄波の作品「東台湾臨海道路」が、防府市栄町の防府図書館で展示されている。
✅ この作品は、上山満之進が台湾総督辞任後の餞別料で陳に依頼し、1930年に制作された風景画である。
✅ 上山没後の41年に市へ寄贈され、三哲文庫や防府図書館で展示・管理されてきたが、上山の生誕150年に合わせて、約4年ぶりに防府市へ返却された。
さらに読む ⇒山口新聞 電子版トップページ出典/画像元: https://yama.minato-yamaguchi.co.jp/e-yama/articles/663上山満之進が台湾を去る際に、台湾の風景を絵画に残したいという思いがあったのでしょうか。
1930年、台湾総督であった上山満之進は、台湾からの出発を記念し、台湾東部の風景画を依頼しました。
画家陳澄波は、上山満之進の依頼を受け、タッキリ(現在の祟徳集落の旧名)の断崖を描いた「東台湾臨海道路」を完成させました。
上山満之進は、この絵画を日本に持ち帰り、故郷である山口県の防府市に建設した三哲文庫に遺贈しました。
その後、三哲文庫は防府市図書館となり、陳澄波の絵画は地下室に保管されていました。
この絵画は、台湾の歴史と文化を深く理解する上で非常に重要な資料ですね。上山満之進と陳澄波の関係性にも興味があります。
85年ぶりの再会 - 「東台湾臨海道路」の発見
台湾の風景画、意外な発見!誰が描いたの?
陳澄波
それでは、次の章へ進みましょう。

✅ 防府市図書館の地下室で発見された陳澄波の作品「東台湾臨海道路」は、かつて台湾総督であった上山満之進が台北帝国大学に寄贈したもので、上山満之進が台湾を離れる際に受け取った餞別金で制作されたものである。
✅ 児玉識教授が防府市図書館の依頼により、上山満之進に関する資料を調査している中で、遺品の中に「台湾東海岸の景色を描いた大きな絵」の存在を発見し、それが陳澄波の作品であることを突き止めた。
✅ 児玉教授の調査によって、防府市図書館に保管されていた陳澄波の作品「東台湾臨海道路」が発見され、さらに現地調査によって、絵が描かれた場所が特定された。この発見は、台湾美術史研究にとって貴重な資料となるだけでなく、台湾と日本の歴史と文化のつながりを示すものでもある。
さらに読む ⇒ 安渓遊地出典/画像元: https://ankei.jp/yuji/?n=2154防府市図書館の地下室で発見されたとは、驚きですね。
2015年8月11日、日本の退職教授児玉識氏は、防府市図書館で上山満之進の遺品の中に「台湾東海岸の景色を描いた大きな絵」があることを発見しました。
児玉氏は、インターネットで情報を集め、嘉義市にある陳澄波の家族に連絡を取り、作品の写真を確認しました。
その後、児玉氏は夫人と台湾を訪れ、陳澄波ゆかりの場所を巡り、防府市図書館で陳澄波の作品を確認したところ、作品はほぼ完全な状態で保存されていることがわかりました。
さらに、児玉氏は、陳澄波が絵を描いた場所と思われる祟徳集落を訪れ、絵と実際の風景を比較することができました。
85年ぶりに発見されたというのは、本当に奇跡ですね。児玉教授の調査によって、歴史の貴重な資料が明らかになったことが素晴らしいです。
家族の喜びと感動 - 再発見された絵画への反応
陳澄波の「台湾臨海道路」が発見され、孫の陳立栢氏はどんな反応を見せた?
Facebookに投稿し、大興奮
それでは、次の章です。
公開日:2024/06/18

✅ 台湾近代美術の巨匠、陳澄波が描いた油絵の風景画「東台湾臨海道路」が、陳澄波の生誕130年を記念した展覧会に出品される。
✅ この風景画は、防府市出身で台湾総督を務めた上山満之進が陳澄波に制作を依頼したもので、上山の死後、遺族が防府市に寄贈され、現在は県立美術館に寄託されている。
✅ 陳澄波の孫で、展覧会を主催する陳澄波文化基金会の陳立栢会長が、17日に風景画を保管する県立美術館を訪れた。
さらに読む ⇒ニュースサイト出典/画像元: https://mainichi.jp/articles/20240618/ddl/k35/040/210000c陳澄波の家族にとって、この絵画の再発見は、どれほどの喜びだったでしょうか。
陳澄波の孫である陳立栢氏は、祖父の作品「台湾臨海道路」が防府市で発見されたことに大変興奮し、そのニュースをFacebookに投稿しました。
この投稿がきっかけとなり、台湾の新聞や主要な芸術雑誌で広く報道されました。
陳立栢氏は、家族のコレクションの中に黒白写真しか残っていなかったこの絵が、85年ぶりに発見されたことに驚き、台湾日日新聞の1930年の記事を調べて、この絵がどのようにして制作されたのかを知って感動したと語っています。
家族の反応は感動的ですね。この絵画を通して、台湾と日本の文化交流の歴史を感じます。
発見の裏側 - 児玉氏の研究と上山満之進の思い
上山満之進と陳澄波、二人の共通点は?
原住民族への関心
最後の章です。

✅ 防府市出身の台湾総督上山満之進は、先住民保護や地域主義を重視した人物であり、その足跡をたどり台湾との交流を探る活動が進められている。
✅ 上山が台湾総督在任中に依頼した陳澄波の油絵「東台湾臨海道路」が防府図書館で発見されたことから、嘉義市との交流が活発化し、昨年12月には台湾から陳の子孫や研究者を招いたフォーラムが開催された。
✅ 今後は、絵画を通して交流を深め、相互訪問やチャーター便を利用した観光客誘致など、防府市と嘉義市の友好関係を強化していく計画である。
さらに読む ⇒中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター出典/画像元: https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=69767児玉教授の研究によって、上山満之進の思いがより深く理解できたと感じます。
児玉氏は、上山満之進の生涯に関心を持ち文献を調べていた際に、絵画の存在を突き止めました。
児玉氏は、上山満之進が台湾の人々に人道的な対応をしたことや、原住民族に対する政策に熱心であったことを研究を通して理解しており、上山満之進が陳澄波に絵画を依頼した理由の一つとして、二人とも原住民族に強い関心を持っていた点を指摘しています。
上山満之進は、台湾の人々のことを深く考えていたんですね。この絵画を通して、台湾と日本の相互理解が深まることを願っています。
この発見は、台湾と日本の歴史と文化のつながりを改めて示すものであり、今後の交流発展に大きく貢献すると期待されます。
💡 台湾総督上山満之進が、画家陳澄波に依頼した作品「東台湾臨海道路」が、防府市図書館で発見された
💡 防府市図書館の地下室で発見された絵画は、上山満之進が台湾を去る際に受け取った餞別金で制作されたものであることが判明
💡 陳澄波の家族や研究者たちは、再発見された絵画に喜びと感動を表明