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俵万智の世界:歌と子育てを通して見つめる人生とは?歌人・俵万智:歌集『サラダ記念日』から現在の子育てまで

歌人・俵万智。失恋と短歌との出会い、そして歌集『サラダ記念日』出版。思春期の子育ては、石垣島でのシングルマザー生活から全寮制学校への進学へ。息子の自立を願い、毎日ハガキを書き続け、親子の絆を育む。思春期の子育てのヒントは「ナナメの関係」と「ことば」。22歳になった息子の成長を見守る俵万智の子育て論。

俵万智の世界:歌と子育てを通して見つめる人生とは?歌人・俵万智:歌集『サラダ記念日』から現在の子育てまで

📘 この記事で分かる事!

💡 俵万智さんの代表作『サラダ記念日』が35周年を迎え、時代を超えて愛され続けている。

💡 高校時代に短歌と出会い、早稲田大学で佐佐木幸綱氏に師事し、歌の世界を深めた。

💡 息子の中高一貫校進学を機に、手紙でのコミュニケーションを続け、親子の絆を育んだ。

本日は、歌人・俵万智さんの半生と、短歌を通して表現する彼女の生き方についてご紹介いたします。

歌人への道:高校時代から専業歌人へ

俵万智が短歌の世界へ入ったきっかけは?

失恋と早稲田大学での出会い。

俵万智さんの歌人としてのスタートから、現在に至るまでの歩みを追います。

高校時代、短歌と出会い、歌の世界へと足を踏み入れた彼女の姿とは?。

この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日』祝・出版35周年!
この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日』祝・出版35周年!

✅ 俵万智さんの歌集『サラダ記念日』が刊行35周年を迎え、累計285万部を突破し、現在もNHKのドラマで取り上げられるなど、時代を超えて愛されている。

✅ 発売当初から話題となり、社会現象を巻き起こし、教科書にも掲載されるなど、短歌の世界に大きな影響を与えた。

✅ 「いいね!」の元祖とも言われる『サラダ記念日』は英訳もされており、作者の俵万智さんは現在も精力的に活動し、歌壇で高い評価を得ている。

さらに読む ⇒muto(ミュート)|大人の好奇心を旅するwebマガジン出典/画像元: https://muto-web.com/article/19776/

『サラダ記念日』の社会現象化は、短歌の新たな可能性を示しましたね。

教科書にも掲載され、多くの人に影響を与えたことが素晴らしいです。

歌人・俵万智は、福井県立藤島高校から早稲田大学に進学し、短歌の世界へと足を踏み入れました。

高校時代に失恋を経験し、勉強以外の価値観を知り、推薦入試で早稲田大学へ。

大学では短歌と出会い、佐佐木幸綱氏との出会いを通して、歌の世界に没頭していきました。

大学卒業後は高校教師として4年間勤務し、歌集『サラダ記念日』の出版を機に専業歌人となりました。

彼女は、中高生時代にこそ言葉にできる感情や出来事があり、短歌を通して自分の心を見つめ、表現することの重要性を伝えています

また、自分に合った表現手段を見つけることで人生が豊かになると述べています。

俵万智さんのように、自分の感情を言葉で表現し、それを多くの人と共有できるのは、とても素敵なことだと思います。私も何か表現できるものを見つけたいです。

石垣島での子育てと宮崎の中高一貫校への挑戦

俵万智、石垣島から宮崎へ!息子さんの進学の理由は?

多様な人間関係を経験させるため。

俵万智さんが石垣島での生活を経て、息子さんと共に宮崎県の中高一貫校への挑戦を決意した背景を紐解きます。

そこにはどのような思いがあったのでしょうか?。

俵万智が語る゛一人息子゛の中学受験と寮生活 「中高6年間、毎日ハガキを送りました」

公開日:2022/06/30

俵万智が語る゛一人息子゛の中学受験と寮生活 「中高6年間、毎日ハガキを送りました」

✅ 俵万智さんの息子さんは、小学校卒業を機に宮崎県の中高一貫校を受験し、全寮制の環境でたくましく成長しました。

✅ 中学受験を決めたのは、息子さんが新しい環境で友人関係を築けるようにという思いと、宮崎市での塾への憧れがあったためです。

✅ 俵さんは息子の意思を尊重し、学校見学に同行するなどサポートし、結果的に息子さんはその学校を気に入り、受験に前向きに取り組みました。

さらに読む ⇒AERA dot. (アエラドット) | 時代の主役たちが結集。一捻りした独自記事を提供出典/画像元: https://dot.asahi.com/aerakids/articles/-/39481

息子さんの進学をサポートする姿から、子供の意思を尊重し、寄り添う大切さを感じました。

親として、子供の成長を支えるために何ができるのか考えさせられます。

俵万智は、東日本大震災を機に石垣島へ移住し、5年間を自然豊かな環境で息子さんと過ごしました。

シングルマザーとして40歳で出産し、息子との日々の生活の中で、子育ての面白さや、コミュニケーションを通して得た様々な発見を語っています。

息子さんは、小学校が全校児童13人という環境で育ち、卒業を機に宮崎県の中高一貫校を受験することになりました。

石垣島での生活を経て、思春期に多様な人間関係を経験してほしいという思いから、宮崎市内の進学塾に通い始めました

彼女は、息子さんの進学先を検討する中で、高校生の短歌大会で出会った教員からの情報がきっかけとなり、宮崎県立の中高一貫校を知ります。

その学校は、男女共学の全寮制でした。

子供の進路について、親としてどこまで関わるべきか悩むこともありますが、俵さんのように、子供の意思を尊重し、サポートする姿勢は素晴らしいですね。

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学校を好きになった息子のため、俵万智が送ったのは手書きのハガキ。親子の絆を育み、思春期の子育てを支えた、温かくも力強い記録。自立を促す親の愛とは?