山谷に映画喫茶を!多田裕美子さんの『泪橋ホール』とは?映画と地域を繋ぐ、山谷の『泪橋ホール』の挑戦
昭和の面影が残る東京・山谷に、映画と食事が楽しめる空間『泪橋ホール』が誕生!写真家・多田裕美子氏が、映画館に行けない人々のためにオープン。かつて労働者の街だった山谷の今を映し出すドキュメンタリー映画上映も。クラウドファンディングで実現した温かいコミュニティ。映画を愛し、社会貢献を目指す彼女の想いが詰まった空間で、ノスタルジックなひとときを。

💡 多田裕美子さんが山谷に映画喫茶『泪橋ホール』をオープン。 昭和の映画と食事を提供し、地域の人々の居場所作りを目指す。
💡 クラウドファンディングで資金を調達し、高齢者も利用しやすい料金設定を実現。 映画を通して社会貢献を目指す。
💡 山谷の現状と映画の力を語り、昭和レトロな喫茶店の魅力にも触れ、映画と地域活性化の可能性を探る。
多田さんの活動を通して、映画と地域がどのように結びつき、人々に新たな価値を提供しているのか、見ていきましょう。
始まりは浅草、そして山谷へ
写真家・多田裕美子が山谷に開いた映画喫茶、その名は?
映画喫茶『泪橋ホール』
東京の下町、山谷にオープンした映画喫茶『泪橋ホール』。
フリーカメラマンである多田裕美子さんが、両親の食堂があった場所にオープンした経緯を紐解きます。

✅ 東京・山谷にある『映画喫茶 泪橋ホール』は、フリーカメラマンだった多田裕美子さんが、両親の食堂があった土地で今年2月にオープンした。
✅ 店内では、著作権の切れた古い映画を上映しており、食事やお酒も提供。クラウドファンディングで資金を集め、高齢者にも優しい料金設定となっている。
✅ 山谷の人々を被写体とした写真集を出版している多田さんは、映画を通して地域の人々に居場所を提供し、街に新しい風を吹かせたいと考えている。
さらに読む ⇒ニッポン放送 NEWS ONLINE出典/画像元: https://news.1242.com/article/178507多田さんの山谷に対する想いと、映画を通して地域に貢献しようとする姿勢が印象的です。
写真集の出版もされていますし、多才な方ですね。
高度成長期に賑わった浅草で育った多田裕美子氏は、かつて労働者の街だった山谷との深い繋がりを持っていました。
写真家として活動し、2016年には山谷の男性たちのポートレート集『山谷ヤマの男』を出版。
彼女は、映画館に行けない人々でも昭和の映画を楽しめる場を提供したいと考え、2019年2月に映画喫茶『泪橋ホール』を東京の下町・山谷(台東区日本堤)にオープンしました。
場所は、多田さんの両親がかつて食堂「丸善食堂」を営んでいた場所の隣です。
映画喫茶のオープンは素晴らしいですね! 多田さんの活動を通して、地域の人々が繋がり、活気あふれる場所になることを期待します!
泪橋ホールの誕生秘話
写真家多田さんの新店『泪橋ホール』、どんな店?
映画と食事を楽しめる、山谷の新しい場!
『泪橋ホール』誕生の背景には、多田さんの強い想いがありました。
クラウドファンディングを活用し、どのようにこの場所を作り上げたのか、詳しく見ていきましょう。

✅ 映画喫茶「泪橋ホール」をオープンするAkada Yuuya氏のプロジェクト紹介。
✅ 浅草生まれで、山谷との繋がりが深い氏が、映画上映や餃子を提供するカフェを運営。
✅ プロジェクトへの支援として、Tシャツや映画招待、餃子などのリターンが用意されている。
さらに読む ⇒MOTION GALLERY出典/画像元: https://motion-gallery.net/projects/namidabasi/collectors?page=4クラウドファンディングでの資金調達や、多田さんの写真家としての活動、広告代理店を辞退したエピソードなど、興味深いですね。
映画への情熱を感じます。
多田氏は、クラウドファンディングで資金を調達し、2月9日に『泪橋ホール』を開店しました。
多田さんは、大学生の頃に両親の食堂を手伝い、その後カメラマンとして活動する中で山谷との関わりを深めました。
大学卒業後、広告代理店への入社を辞退し、写真家としての道を歩み始めたというエピソードも語られています。
オープン後すぐに筆者が訪れ、餃子や手作りのお惣菜、日本酒を味わったように、『泪橋ホール』は映画だけでなく、食事も楽しめる場としてスタートしました。
映画と食事を楽しめる場所というのは、とても魅力的ですね。 多田さんのこれまでの経験が活かされていることも素晴らしいです。
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山谷と中洲、二つの街の映画愛。高齢化が進む山谷と、レトロな喫茶店『キネマカフェ』。映画と食で心を満たす、温かい物語。